26.10.26オランダの風土を読む:SAIKAI EUROPE勉強会「オランダ・ランドスケープ考」

波佐見でつくる陶磁器を、ヨーロッパへ伝えていく。そのためにSAIKAI EUROPEは、オランダのライデンという街に拠点を構えています。日本とは、風土も違えばライフスタイルも価値観も違うヨーロッパの地で、波佐見焼をローカライズしていくことを考えるとき、まず土地を理解することから始めたい。そうした思いから、勉強会を開くようになりました。今回、講師として招いたのは、同じライデンを拠点にサーキュラーデザインから建築、ランドスケープ、テクノロジーや食まで、土地と暮らしにまつわる幅広いテーマを横断的に扱うリサーチャーでライターの岡橋 毅さん。テーマは、岡橋さん自身がオランダに移住して以来、関心を寄せているという「ランドスケープ」です。その講義の内容の一部を、再構成してお届けします。

オランダには、「もののけ」がいない
この国に暮らしはじめて、しばらくして気づいたことがありました。「ここには、もののけがいない」ということです。
現在では日本でも、特に都会で「もののけ」を感じとることはほとんどなくなってしまいました。それでも、都心部を少し離れると、鎮守の森や鬱蒼とした雑木林のように、「なにかいるかもしれない」と思わせる場所や気配はまだ残っている。けれども、オランダに暮らしてもう6年になりますが、そうした気配を感じたことは一度もありません。もちろん、私が暮らす家のまわりにも気持ちのいい森や緑はあります。でも、気持ちがいいだけで、魑魅魍魎の気配はほとんどないのです。
どうしてなのだろうとよくよく考えると、当然といえば当然だった。ここは人の手でつくられた土地なのです。
「神は世界をつくったが、オランダ人はオランダをつくった」とは、この国を語る時によく使われているフレーズです。みなさんもすでに体感されていると思いますが、どこまでも高低差のない平らな土地です。そして、国土のおよそ26パーセントが海面よりも低く、18パーセントが干拓によってつくられているのです。そして、堤防などの治水施設がなければ、陸地の6割が定期的に水浸しになるだろうといわれている。「オランダ人はオランダをつくった」とは、人が身体と知恵を働かせなければ存在しなかった国、という意味あいも含まれているのでしょう。


「ランドスケープ」は、オランダ語に由来している
そもそもランドスケープとは何か。英単語であり、日本でも親しまれているこの言葉は、オランダ語の「landschap(ランドスハップ)」に由来します。英語に採用されたのは16世紀の末頃で、当時は主に、自然の風景を描いた「風景画」を意味する言葉でした。
また、これは俗説とも言われていますが、景観史家のジョン・スティルゴーは、オランダ北部で使われていたフリジア語の「掘り起こされた土地」を意味する「landschop(ランドショップ)」が語源ではないかと説きました。実際、オランダ北部には、高潮や浸水を避けるために人工的に土を盛り、その高台の上に築かれた「盛土集落」が今も残っています。土を盛って、暮らす場所をつくる。スティルゴーは、そうした人の営みと「landscape」という言葉の成り立ちを結びつけたのです。
では、現在の定義としては、どうなるのでしょうか。欧州景観条約に記された定義を見てみると、ざっくりとですがランドスケープとは「自然の働きと人間の活動、その相互作用によって形づくられるもの」とあります。自然だけでも人間だけでもなく、両者が関わり合ったところに立ち上がるものだ、という捉え方です。日本語だと「景観」とも訳されますが、みなさんが思い浮かべる語彙とも近しいでしょうか。
もうひとつ、ランドスケープの捉え方として参考になるのが、景観生態学で用いられている、土地をレイヤーで捉えるという見方です。地形や地質、水系、気候といった自然環境の基盤(Abiotic)。植物や動物、人間を含む生態系(Biotic)。そして人間による土地利用や農業、建築、インフラづくり、歴史や制度、地域の記憶や価値観(Cultural)。ランドスケープは、これらのレイヤーが重なり合い、相互に影響しながら形成されるものだという考え方です。当然、スタティックなものではなく、常に変化の中にあります。科学的でシステマティックな考え方ではありますが、参考になりますよね。

水を治めるために、とことん話し合う「ポルダーモデル」
オランダの歴史は、水との戦いの歴史でもありました。水とは、海の水であり、川の水です。ポンプや水路、ダムや堤防がなければ、暮らしも産業も成り立たない。だから、治水技術が発達してきた。オランダが「エンジニア国家」と呼ばれるゆえんです。
先ほどの3つのレイヤーで言えば、治水施設もまた、Cultural——人がつくったランドスケープになりますね。オランダは日本の九州ほどの大きさで、平らな土地ではありますが、ランドスケープにはいくつかのバリエーションがある。地質や、海や川との関係——おもにAbioticな要素が関係してきます。もちろん、AbioticがBioticに影響し、Culturalな人間の活動にも影響し、それがまた Abiotic である地形を変えていったりもします。
そうしたバリエーションの中でも、ポルダー(干拓地)と呼ばれる、堤防で囲ってポンプで水を汲み出し、干上がらせて陸地にした土地が多いことも大きな特徴です。湖や湿地を干拓したポルダーもあれば、内海を丸ごと締め切って干拓したポルダーもあります。
ポルダーは、一度水を抜けば終わりではありません。つくったあとも、ずっと水位を管理し続けなければならない。堤防も水路も風車もポンプも必要です。しかも、その土地も水も、大勢の人が暮らしと仕事のために共有して使うので、どうしても住民同士の合意形成が重要になってくる。水を管理するということは、「話し合いを続ける」ことでもあったのです。
オランダには「Waterschap(ワーテルスハップ)」という水管理組合があって、これが非常に長い歴史を持っています。ライデン周辺を含む組合は、現存する最古級のもので、13世紀にまでさかのぼれるのだとか。オランダ王国ができたのが1815年ですから、国よりも古いということになります。そこに住民は今でも年に300〜400ユーロの「水管理税」を払っている。
「水は政治を待ってくれない」という言葉があります。利害の異なる人たちが、話し合いながら妥協したり、新しい方策を試したりしていく。そうした合意形成の文化は「ポルダーモデル」と呼ばれ、オランダらしさを語る上でよく使われています。
ただ、私の視点を補足すると、これを単なるすばらしい伝統だと美化しすぎないほうがいいと思っているんです。水を共同で管理するには、話し合うほかに手がなかったとも言える。私は、その必要性から生まれた実務的なものというくらいに受け取っています。
そして水の管理には、いつも災害の影がついてまわります。大きな堤防の建設や干拓計画のきっかけには、大抵、洪水や高潮で多くの犠牲者を出した過去がある。うまくいっているから進めるのではなく、痛い目にあってから手を打つ。オランダに限ったことではないですが、この国の水との関係には、そういう側面もあるということも付け加えておきます。

その土地土地のランドスケープが、文化を立ち上がらせる
今回、オランダのランドスケープについてリサーチしていく中で、私自身、改めて興味を持ったのが、フランス人の地理学者、オギュスタン・ベルクが提唱した「風土学」でした。
この学問の源流には、日本の哲学者・和辻哲郎の代表作、『風土』があります。和辻はこの本の中で、気候や地形といったその土地の条件が、そこに暮らす人々の精神や文化にどう影響してきたかを論じました。そして、これを翻訳・継承する形で、ヨーロッパの文脈において風土学を確立させたのがベルクです。ベルクは、この風土学を通じて、主体と客体をきっぱりと切り分ける近代西洋のものの見方を問い直した人でした。
「風土学」が指す「風土」とは、「風景」でもなく、「環境」でもありません。「環境」とは、生態学の言葉なので、自然をどこか客観視しているようなところがある。「風景」は、個人的な心象に寄っていて抽象的です。「風土」は、その間を捉えた言葉ということができると思います。
私自身、オランダに移住するまでは、環境工学を発達させてきた無骨なエンジニア気質の国だと思っていました。でも実際には、これほど身近にどうにかしなくてはいけない環境があって、どうにかしようと懸命に取り組んできた歴史があった。そして実際に生活していると、その中に心地よさや懐かしさのようなものをどうにかして組み込もうというマインドも伝わってくる。
たとえば、「Herenboeren(ヘーレンブーレン)」という市民が農地を共同所有する仕組み。250世帯ほどが出資して農地を持ち、農家を雇用する形で食物を栽培してもらうというものです。わが家も組合員なのですが、自分でハーブを摘む感覚はなかなかいいものです。環境全体から見れば、ごく小さな営みかもしれませんが、それでも何百人が心を寄せ、何十人かは毎日のように通っている。誰が何を負担し、どのように仕組みをつくり、どんな規模感で行うのかといった構造がしっかりと組まれているのも、ポルダーモデルと言えるかもしれません。
また、オランダでは「Tiny Forest」と呼ばれている、日本の植物生態学者・宮脇昭が提唱した森づくりも盛んに行われています。これは、テニスコートくらいの広さの土地に、その環境に即した多品種の苗木を密に混植すると、数年で森が育つというもの。ここ7年ほどの間に、オランダ国内で200箇所以上にまで増えました。それはいい!と思ったら、すぐに市民運動が立ち上がり実践していくところも、オランダらしい気質だと思います。
自然と人は、切り分けられるものではなく、「風土」のような曖昧さの中で関わり続けるものである。オランダとは、それを実践し続けている国なのだと捉えると、どこか里山的だと思いませんか? 国土は人工ではあるけれど、エンジニアリングだけでは自然に太刀打ちできないことも身をもって知っている。逆に言えば、さまざまな課題を抱えている日本の里山再生にも、オランダのポルダーモデルやエンジニアリング技術が活かせるのではないか。そうした視点でこの街を歩いてみると、また違った発見が得られるかもしれませんね。

岡橋 毅
1978年東京生まれ。国際基督教大学教養学部卒業、デンマークのCopenhagen Institute of Interaction Design修了。北海道大学のコミュニケーション教育プロジェクト研究員、埼玉県のまちづくり会社を経て、株式会社リ・パブリックにて事業創造プログラムの企画・運営に従事。2020年に独立し、オランダに拠点を移す。現在はインタビュー、リサーチ、執筆、ファシリテーションを日英両言語で手がけている。現在、オランダ在住。















